Oya Kanako
1984年 徳島県生まれ
幼い頃読んだ絵本に、糸から布ができるまでの様子が描かれていた。
それをきっかけに、年々、織物への憧れを募らせていった。
そして、大学在学中に「結城紬」の伝統や、その技術を教える「紬織物技術支援センター」の存在を知り、 機織 りの職人になることを決意。
センターで1年間、基本的な技術を学び、その後、織元の坂入則明さんの下で「織り子」として伝統の技の習得に努めている。
子どもの頃、モグラが糸を紡いで織っていって、自分の青い服を作る、そんなストーリーの絵本を読みました。
その時は、布が糸からできているだなんて考えたこともなかったので、とてもびっくりしたんです。
このことがきっかけで、織物に魅力を感じるようになりましたね。
糸は一度打ち込んだら、絶対に動かせません。
よこ糸を打ち込むたびに指でなぞり、柄が図案通りに出ているかを一本一本確かめながら慎重に織り進めていきます。
ムラができないように織っていくことが特に難しいですね。
また、結城紬で使う糸は真綿を人の手で紡いで作ったものなので、太さがそれぞれ違うんです。
糸が太い場合は取り替えるんですが、取り替えなくても手で裂けそうな糸は、裂いて細くしたほうが無駄にならないし、きれいに仕上がります。
ですから、なるべく裂くようにしているんですけど、まだまだきれいに裂けなかったりするので、そういう細かい技術がとても難しいですね。
やる気をもってやっているので、すごく成長しています。
ここに来たばかりの頃は、少しつっかえましたけど、そこから凄く伸びましたね。
もう二年は経ちますかね、大谷さんがここに来てから。
最初に織ったものと、今織っているものとでは雲泥の差がありますよ。
「まだまだ自分は勉強しなきゃ」とか、「研究しなきゃ」とかっていう気持ちを忘れずにやれば、これからもどんどん伸びていくと思います。
織り子として研鑽を積む日々の傍ら、家庭教師と結婚式場での仕事を掛け持ちしている大谷さん。
「織り子だけで生活するのは、まだ難しいので…」。
こうした生活を送ることは、この道に進むと決めた時から覚悟していたそうです。
「それでも好きだから、続けられるんです」、そう話す彼女の表情には、充実感が満ち溢れていました。
幼い頃に読んだ1冊の絵本。そこから受けた感動を、今でも抱き続けている大谷さんの純粋さが、とても素敵に思いました。
「 真綿 」から手で紡いだ糸で織られるのが特徴の絹織物。
奈良時代に端を発し、約1200年もの歴史がある。古来より伝わる道具をそのまま継承し、すべての工程が手作業で行われる。
結城紬は、絹織物でありながら素朴な風合いを持ち、ふんわりと柔らかい手触りと張りが特徴。
また、軽くて温かく、着るほどに風合いが良くなり、体によく馴染む。
「伝統の技法を現代に伝える唯一の紬」とも言われ、今日では最も高級な先染織物の一つにあげられている。