Ohagi Yasuyoshi
1985年 愛媛県 松山市生まれ
ギターを弾いていた大萩さんは三味線に興味があり、大学で邦楽部に入部した。
たまたま人手が足りず、先輩に勧められて吹いたことが尺八との出会いだった。気がつけば尺八を吹くために大学へ通っていたという。
卒業後は就職するも「尺八を思いっきり吹きたい」「自分の理想とする音色を出せる尺八を作りたい」という夢を諦められず、会社を辞めてこの道に飛び込んだ。
地元松山で100年以上続く老舗である西田露秋尺八工房で、三代目 西田 露秋さんの下、5年間修行に励み、2016年8月、師匠の勧めで独立。祖母宅の離れに尺八工房 慈庵を構えた。
また奏者としても第24回くまもと全国邦楽コンクールで最優秀賞の文部科学大臣賞に輝いた。
やっぱり一番は自分の作った尺八を吹いて、喜んでくださったときです。自分の作った尺八を演奏してくださっているところをみるのが嬉しいですね。
また、自分の作業の腕が上達していると目に見えて分かったときも、とても嬉しい気持ちになります。
あともう一つ、自分の作った尺八をお客様が評価してくださったときですね。たとえそれが悪い評価だったとしても、自分では気づけなかったことを指摘してくださるわけですから。ありがたいです。
基本的な作り方を受け継ぐのも伝統の継承だと思うんですけど、やはり「考え方」、そういう部分が大きいと思います。
師匠にしても、そのまた師匠から教えてもらったことをそのままやっているわけではなくて、自分で工夫して自分なりに良くしてきたと思うんです。
だから私自身もそういうところを引き継いで、もっと良い作り方を模索して、もっと良い尺八を作れるようになれたらと思います。
私の尺八人生で、一生を掛けて恩返しして行きたいと思ってます。
まず素直で、真面目で、浮ついたところがない。そういう面が良いなと思っているんです。職人として独立したわけですし、演奏もやっていますから、そこも含めて出来るだけ多くの人に支持される、愛される、そういう存在になってほしいと思いますね。
あとは、早く結婚した方が良いよって言っているんです(笑)
楽器ですから正しい音程を出せないといけない。そのためには決められた寸法に従って正しく正確に作る。そういうことは教えられるんです。あとはどういう作品を作るか。それは結局本人次第ですから。
音色一つとっても僕の好きな音色と、大萩くんの好きな音色とは違うと思うんですよ。本人が良いと思ったものを信じて世に出す。
「良い音とは?」「どうすれば良くなるか?」ということに一生悩み続けるんだと思います。職人の世界はそういうものです。
ただ、僕たちは尺八を作ることが仕事なので、尺八を吹くお客さんが求めているものを作る以外ないと思っています。お客さんとコミュニケーションをたくさんとって、希望に応えていくのが我々の仕事ですから。
今回取材させていただいて、まず感じたのが「尺八作りとは何と手間暇を惜しみなく注ぎ込む仕事なのだろう」ということでした。
まさに気が遠くなるような数の工程を経て尺八が生まれる様を目の当たりにしました。見た目がシンプルなため、そのギャップに大いに驚かされました。
竹を選んでから出来上がるまでに1か月以上掛かります。
もちろん竹は自然のものですから、それぞれに個性があって、音程や音色にとって重要な内径の調整に手こずることも少なくありません。それでもあきらめずに真正面から立ち向かう。
丁寧な仕事の一部始終を見せていただき、尺八が好きになっている自分に気がつきました。
試しに吹かせていただくと、意外にも音はすぐに鳴りました(笑)嬉しいものです。
きっと、大萩さんの情熱と愛情を込めた尺八だったからかもしれませんね。
自然の真竹から、しつらえも音色も全て職人の経験と匠の技で生み出される尺八は、奈良時代に中国(唐)から伝わったとされている。日本最古といわれる尺八が正倉院に8管残っているが、現代の尺八とは構造も材質も違っている。
今の尺八は、江戸時代に普化宗の虚無僧侶が吹いた普化尺八が原型といわれ、独特で艶のある音色は伸びやかで、ときに激しく唸る。
フルートと同じエアリード楽器に分類され、歌口のエッジ部分に息を吹き当てて音を出す。少し角度を変えたり、息の流量を変えることで、音程や表情を変化させる。
古来より独奏の楽器として知られていたが、現在では製管技術の向上により調律が安定し、他の楽器との合奏&コラボレーションを楽しむことができる。